
見ノ越 8時45分出発。所々に積雲があるが、晴。靄っており、遠望は利かない。視程30kmくらいか。微風。
しばらく樹林の中を登る。リフト終点の西島で休憩。次郎笈、三嶺、塔ノ丸など、よく見える。 |
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地上天気図(クリックすると拡大します)
 
太平洋高気圧に覆われているが中四国地方はその北西端に当たっており、南西から暖湿な空気が流れ込んでいる(縁辺流という)。空気が靄って晴れているのに遠望が利かないのはそのせいである。この後大きく崩れることはなさそうだが、午後には曇ってきそうだ。 |
  
ここから、刀掛ノ松経由尾根コースで、剣山へ。但し、今日の目的地は主峰の剣山ではなく、落着いた山行を楽しめる一ノ森である。
シコクフウロ、タカネオトギリ、シシウドなど愛でながら登る。
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--- 剣山特別地域気象観測所跡 ---

頂上一帯はシコクザサの広い草原だが、百名山ブームの影響か、かなり荒れてしまったため木道が張り巡らされている。三角点付近の裸地化は特にひどく周囲の土砂は高さ1m近く流されてしまっており、三角点部分は石垣で守られている。なんだか沖ノ鳥島みたい。
富士山測候所に次ぐ高所にあって、60年間にわたる厳しい山岳観測により気象観測に多大な貢献をし、特に台風の進路予想に於いては優れた実績を残した剣山測候所(最終名称は剣山特別地域気象観測所)は、近代化した観測技術(気象衛星、レーダーアメダス、数値予報、ウインドプロファイラ、等)により代替可能となり、過酷で危険な観測生活は不要となった。14年前に無人化、4年前には閉鎖されてしまい、寂しそうだ。
金網で守られた敷地内全体にシコクフウロ等の高山植物の大群落があるのは皮肉なことである。 |
--- 一ノ森(剣山より) ---

喧噪から逃げるように東の樹林帯に降り、二ノ森、一ノ森へ。 |
 
一ノ森手前の小鞍部に、昭和40年3月16日、剣山測候所の大谷技官が雪崩により亡くなられたことを追悼する『殉難の碑』がある。
追悼文は当時気象庁山岳部長であった藤原寛人(新田次郎)氏によるものだ。
この日、雷を伴う寒冷前線が剣山を通過、高松測候所へと繋がる通信線に不具合が発生。大谷技官は、3-4mの積雪を衝いてその点検作業中に、一ノ森北面に於いて雪崩に遭われたそうである。捜索には延べ千人余りがあたったが、発見されたのは35日後だったとのことだ。
この3年後、通信は無線化された。
周囲はきれいに借り払われていた。
激務とその功績に感謝し、黙祷する。
殉難の碑から一登りで一ノ森だ。
剣山や次郎笈の展望を楽しむ。ただ、層積雲がかなり広がって次郎笈等の美しい斜面が陰ってしまったのは残念。
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--- キレンゲショウマ ---
碑まで戻り、二ノ森北面のトラバース路を通り刀掛ノ松へ。途中の行場付近で、天然記念物のキレンゲショウマの群落を見る。
あとは往路を見ノ越へ。15時10分着。 |